Smiley Smile
カードの請求書に不審な点があったため、妻を尋問することにした。
「めぐみさん、今回は何を買いましたか」
「『神に捧げるティーンエイジ・シンフォニー』です」
「あなたもう20歳でしょうが。『スマイル・セッションズ』の一番高いやつ、と正直におっしゃいなさい」
「ま、なんて無粋なっ。わたし達は歴史の幻と対面しているのですよ。それに心はいつまでも10代のままです」
「他のバージョンじゃ駄目だったの?」
「駄目ですね」
「そうですか。よし、他のCDを売ろう」
「後生な!」
上目遣いの嘘泣きも様になってきましたね。
「73点。ややマンネリ」
「名女優への道は遠い……」
「僕らの外食も遠のいたところで」
「えっ」
「久しぶりに回らない寿司行けたのになー」
「いやいやいや、それとこれとは話が別でしょう。行きましょう。寿司、すし、スシ~」
「ガイジンみたいなイントネーションにしても無理なものは無理です」
「うー」
「唸っても現金は出て来ませんよー。寿司はないけどお茶があります。ほら、もらいものの玉露。淹れてきて」
「はいよー」
そして始まるお茶をすすりながらの歓談。ほんとに新婚なんだろうか。
テーブルの上に乗っている、買い置きの小さなドーナッツをつまみながら訊いてみる。
「で、アナタはなんでそんなにビーチ・ボーイズが好きなの」
「好きに理由が要りますか?」
上目遣い。
「64点。そういうのいいから」
「ちぇー」
「で、どうなの」
「……なんというか、その、アイドルと申しますか」
「ビーチ・ボーイズがアイドルだったのはせいぜい1970年代までだったと記憶しておりますが」
「わたしにとっては今なお永遠のアイドルなのです!さあ、あなたもブライアン・ウィルソンのようになりましょう!今!なう!」
「勢いで人をヤク中アルコール漬けにしないでください」
「ちぇー。あ、プレスリーでも良いですヨ?」
にやりと笑うと、ドーナッツを両手いっぱいに抱えて僕の隣に座る。
「は、さてはアナタ、僕を太らせてから美味しく食べてしまう気ですね?」
「ふふふ、カリッと焼いて皮だけ食べてしまいましょー」
「お断りです」
妻が抱えたドーナッツを一つ手に取ると、そのまま妻の口に押しこむ。
「むぎゅ。もぐもぐもぐ」
「美味しいですか」
「美味しいですね」
「ではこれで」
「いやいやいや、わたしがおにくを蓄えても仕方がないのですヨ。ほら、真っ白いジャンプスーツを仕立ててあげませう」
「悪趣味ですな」
「古川日出男も絶賛」
「それ死ぬ」
「わたし、あなたのかっこいい姿、見たいな……」
「76点。でもコスプレはしません。ていうかプレスリーも好きだったんですか」
「『さまよう青春』、かっこよろしゅうございました」
「失礼ですが、おいくつですか?」
「来月で二十歳になります。というわけで、寿司~」
「はいはい」
(この掌編はtwitter上で頂いた「ドーナッツ」「ビーチボーイズ」「請求書」というお題を元に書かれました。そして小林めぐみ『食卓にビールを』にインスパイアされ大いに影響を受けたことを明記し、勝手にリスペクトを捧げておきます)