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虚空の黙祷者

クローカ/黒岡衛星の日記帳

無題

日記

zabadak吉良知彦氏、逝去。ただただ、悲しい。冥福を祈りながら、以下想い出を綴っていきたい。

はじめて名前を見たのは確か、田中としひさ『おこんないでね』だったと思う。TRPGのBGMにピッタリ、といったような紹介がされていて、そんな音楽があるのか、と中学上がりたてぐらいの自分は思ったものだった。それから縁あって地元のアマチュア劇団を手伝うことになり、演劇集団キャラメルボックスの芝居を出会う。『TRUTH』や『風を継ぐ者』を観て、その格好良さと演出の見事さに夢中になった。『創世記+2』や『Decade』、『STORIES』となぜかベスト盤ばかり集め始める。

入口がキャラメルボックスだったということもあり、僕にとってのzabadak吉良知彦氏のソロだった。リアルタイムでリリースを追い始めたのは『COLORS』くらいからだろうか。『ブリザード・ミュージック』のサウンドトラックで「鏡の森」を初めて聴いた時の感動が強烈に残っている。風邪をひいて病院の待合室で、ポータブルCDプレイヤーを使って聴いた。

2005年、確か『ケルト meets zabadak』という企画名だったと思う。とにかく札幌に来る、というので観に行った。生で観た吉良知彦氏は、強烈だった。僕はいつも彼を『たましいが音楽の色をしているような』と形容するのだが、生で観た人間であればわかってもらえるのじゃないかと思う。それからはずっと、氏が北海道を気に入っていた/友人がいた、というのもあり、一年に一度から二度、何かしらのツアーで北海道に来る氏を観に行く、というのが恒例になっていた。

ギターと鈴と譜面台と私(弾き語り)、木村林太郎氏とのデュオ、『宇宙のラジヲ』リリースツアー、菅野朝子さんやあらひろこさんとの共演、ユカキラリタ……たくさんの編成で観たが、それらはすべて遠方から来るためのアコースティック編成で、一度もバンドセットを観ることは叶わなかった。いつかは、観られるだろうとたかをくくっていた。

2008年だったと思う。富良野野良窯というカフェ・スペースで弾き語りをしていたとき、先日はパリに行ってきまして、というようなMCに対し、特にzabadakのファンではなさそうな婦人が「たしかにシャンソンのような、良い声をしていらっしゃるものね」とつぶやいたのを、僕は覚えている。

マニアックな、オタク文化に強く影響を与えた、そういう音楽だったし、そういう部分も好きだった。けれど、もっと広く、長く、継がれていく、大きなスケールの『うた』だと、僕は、思う。

17歳の頃、学校にも行かなくなって久しかった頃、彼らの音楽を聴きながら初めて詩というものを書いた。いまはめっきり書かなくなってしまったが、当時一冊の詩集にまとめ、吉良さんに手渡した。「サインください」と言われ、焦った。彼はファンとの距離が近く、サインをもらったひとは多いだろうが、彼にサインをした人間は珍しいんじゃ無いかと思う。小さな自慢だ。きっと、彼にとっては冗談半分だったのだろうけど。

その中から、一編だけ抜き出してここに記す。若書きとかそういうレベルではなく恥ずかしいが、僕にとって初めての活字だ。地元の新聞に投稿し、載せてもらった。

「休まない翼」 

ぼくは、きみのはね。
きみだけの、つばさ。

 

ぼくはきみになれないけれど、
きみがたびしたばしょ、
きみがあったひとたち、
きみのおもいでのすべてをおぼえてる。

 

ぼくはきみじゃないけれど、
きみのきらいなもの、
きみのきずついたばしょ、
きみのこころのすべてがきこえる。

 

ぼくは、

 

いつまでも、つばさ。
いつまでも、きみのはね。

ただ、感謝の念を伝えることができるほど、僕はまだ大人ではないみたいだ。早すぎる、と文句のひとつも言わずにいられない。遠すぎた10月にはついに辿り着けなかったな、なんてことを思いながら、この文章は終わっても、いつまでも彼への思いは僕の頭をぐるぐると回り続けるだろう。吉良知彦。偉大なアーティストの早すぎる死を、惜しむ。

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