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虚空の黙祷者

クローカ/黒岡衛星の日記帳

レモンを買おう

爆弾の解体が上手い子であった、等と云えばギョッとされる向きもあるとは思うが、あれはそういう娘なのだということを理解して欲しい。

「病弱は、萌えなんですよ」
「満足したかね」 
「あまり」

保健室のベッドが特別に感じられるのはせいぜい入学して一週間といったところだろうか。そろそろと進学の足音が聞こえてくる学年になった今となっては、もはや根城のようなものと言って良い。

「先輩はほんと、可愛くないですねえ」
「何か問題でも?」
「むしろ問題がないと思ってる先輩がまぶしいです」 

これでもモテてはいるほうなのだが。
まあいい、別に女子校でモテても嬉しくはない。いや嬉しい。どっちだ。強いて言うなら後者だ。ちやほやされて嬉しくない人間など居ようものか。
確かに面倒ではあろう、しかしそれを上回る喜びがな、こう、確かな柔らかさでもってな?
ああもう男マジいらねえ。

少しばかり整った顔立ちの、病弱な、文芸部の部長。
たとえば昼休みなど、木陰で小説(小難しそうでありながら認知度の高いものが好ましい)を開きながら小さな咳を一つ二つしてみせるわけだ。
恥知らずと誹られてもしょうがない行為ではあるが、これがサービス精神というものであろう。
奉仕の心。学んでいこう。

「先輩、スベってます」 
「……わかってるよ」 

そんな私に唯一、王様は裸だと、お前今全裸だぞ恥ってものを知らんのかと突きつけたのが彼女である。
同じ文芸部の後輩にあたる。 

「今回はどのぐらいかかりますか」
「一週間、ぐらい」 
「早く帰ってきてくださいね。副部長、先輩がいないとスパルタなんですから」
「ん。努力する」 

努力。まあ、死なない程度に。
 一週間で済む入院に死ぬも生きるも無いとは思うが、検査入院のようなものではあるが、やはり病院はね。死の香りがする、というか。

「ところで君、何その格好は」
「うちのクラス、メイド喫茶なんですよ」 
「そうか、残念だ」 
「それじゃ私が似合ってないみたいじゃないですか」 
「いやね、私、参加できないからさ」 
「わかってますよ。だからほら」

黒いワンピースに申し訳程度のエプロン。安っぽいコスプレに欲情するのは自らの性癖まで安く見積もられているようで辟易するが、まあ、良い。存分に視姦したろ。

「ほら、入りましたよ」
「いつもすまないねえ」 
「……その流れには乗らないって言ってるじゃないですか」 

紅茶にレモンを一切れ。

「先輩はビタミンが足りてないんですよ」 

彼女の口癖だ。
紅茶を一口すすれば、温かさとともに心地よい酸味が胃の中に 沁みていく。 マナー違反と知りつつ、レモンを軽く囓る。

彼女の添えたレモンが私の胃の中で組み上がっていく。そういう妄想は少しだけ楽しい。

「私の病弱萌えは先輩によって潰されたと言っても過言ではありません」
「過言だろう、それは」 
「次は法廷で会うことになりそうですね……」 

まあ、あまり頭の良い子でなかったのは確かだ。文芸部なんてものに所属していれば教養の一つや三つや五つぐらいは身につくものだが、それをどう活かすのかは本人次第であるからして。

「もう。早く帰ってきてくださいね」
「ん、だから、努力する」 

添えた手の、熱量。
彼女の肌は、ひんやりと気持ちよかった。

これで私がうっかり死にやがると美談が完成するのだが、現実とは無慈悲であるからして。
死ぬだの死にそうだの治るだの治りそうだのを繰り返し、気付けば五年も経っていた。無事にとは言い難いもののなんとか卒業し、仕事も見つけ、件の後輩とも疎遠になり久しい。学校も、部活動も、級友も、後輩も、一度離れてしまえば縁のないものだ。

「おかえりなさいませお嬢さ」

追い打ちをかけるようで忍びないが、これがドラマティックなシチュエーションの再会であるならば、BGMに小田和正の美声が響き渡るような状況ならばまだいくらか美しかったのかもしれないと、心から、思う。

「相変わらず、可愛くないですねえ、先輩」

意地が悪い微笑みは当時のままだが、彼女は私服姿であり、私はといえばこの手の店の制服として最もフォーマルかつシックなメイド服だ。

「……何か問題でも?」
「いえ、良くお似合いですよ、先輩」 
「褒められてる気がしないな」 
「そうですかね」 

手際よくスライスされていくレモンのことを思い出す。
爆弾の解体が上手い子であったな、と。 

「ケーキセット。レモンティの、ホットで」

 

(この掌編はtwitter上で頂いた「黒いワンピース」「高校の先輩後輩。の、5年後の再会。」というお題を元に、梶井基次郎の「檸檬」に大いにインスパイアされて書いたものです。ついでに言うと百合を書くつもりだったんですがどうよこれ)