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虚空の黙祷者

クローカ/黒岡衛星の日記帳

Eat Me, Drink Me

これは試練である。

小さくて四角い、一口サイズのチーズを皆様はご存知だろうか。スーパーの乳製品コーナーに行けば置いてあるアレだ。美味しいよね。異論は認めない。アレルギーのみ可とする。私もそばのアレルギーなので気持ちはよくわかる。いやわからないかもしれない。人と人とが分かり合うのは難しいな。

まあ、チーズである。
あのチーズ、いろいろな味がある。プレーン、骨太(カルシウムの多そうなやつ)、アーモンド入り、サラミ入り、そしてわさび味。

まるで美味しい棒状の菓子のようにバラエティ豊か、とは言い過ぎかもしれないが、とにかく数種の味がある。

私はあれが本当に好きなのだ。……わさびを除いて。

なんというかもう、本当に、駄目なのである。チーズは大好きなのだが、わさび、並びにそれに類する味というのが本当に苦手なのである。『二律背反』とはわさび味のチーズのためにある言葉なのではないか。性善説性悪説もこのために用意されたと言っては過言である。

てつがくするライオンはかわいい。

しかし今、私の手元には件のチーズがある。と言ってこれが前述の骨太だったりしたらそれはそれで面白いかもしれないが、違う。立派に『わさび』と書いてある。

繰り返す。これは試練である。

大人の階段を登るのである。大人の女性に憧れて母の口紅を勝手に使ってしまったあの日のように、クーラーとエアコンを言い間違えなくなったように、駆け抜ける風のように。

おおげさですか?でもいいです!

特に意味もなく好きな漫画の台詞を引用している場合ではない。
とにかく私は克服しなくてはならない。寿司屋(回転の有無は問わない)にてサビ抜きを頼むような軟弱者ではいけないのである。『わさびを食べられない女の子萌え』などいらぬ。どこぞの博士がポケットからアーモンド、サラミ、わさびと三種のチーズを取り出し、『この中の一つを持って旅立つがよいよいよい』と言ったときにわさびを選べないようでは真のグリーン編は始まらないのである。

少し、ほんの少しだけ、サラダの中に細かくして入れてしまおうかとも考えた。
しかしその場合、「あら、意外といけるじゃない」 などと思った場合、それはサラダのおかげにしかならず、「やっぱり無理だわ」となった場合は悲惨ないし惨めとしか言いようがない。

真っ向から挑まねばならぬ。

えい。

「やあ、やっと逢えましたね」
「あなた、だれ?」 
「私はわさび味チーズの妖精。わさび味チーズという概念が生まれたその日からあなたとの逢瀬を待ち望んでいた存在。さあ、お味はどう?」 
「……美味しい。美味しいよ!」
「うふふ、良かったわ。これからも宜しくね」 

なんてことにはならなかった。当然。この世は料理漫画のようには出来ていないのだ。うう、鼻がツーンとする……


(この掌編はtwitter上で頂いた「口紅」 「チーズ」 「エアコン」というお題を元に書かれました。)